南風(はえ)にのせておどりおどる

 

日本舞踊とアマミ舞、この二つの舞踊を一緒に開催する、それも奄美で!それは、鶴先生にとって舞踊家としての集大成となる重要な舞台。いつかきっと…そんな思いを抱いて来られたであろう先生ですが、「やります!」と明言されたのは、昨年の「祈りの会」を終えてからでした。夢を実現される方は、物ごとに揺るぎない姿勢で何があっても有言実行!まさしく鶴先生のことです。そして、舞踊家としての無限に拡がる創造力を探求し続け、ひとつのものを完成させるに至ります。この度の、「南風(はえ)に乗せておどりおどる」と題した舞台公演は大成功を納め、無事終了いたしました。

本当に鶴先生に至っては、一言では語り尽くせない事ばかりですが、何故今この時に… そうなんですね!今この時に果たさなくてはならない訳がありました。それは、昨年9月9日鶴先生のお師匠様であり、人間国宝の花柳寿南海師匠が天に召されこの世を後にされたことによって日本舞踊界は偉大なる宝を失うこととなったからに他なりません。先生は、以前からお師匠様より「古典と創作を両輪に」というお言葉を胸に刻み邁進して来られたのです。大きな存在である師が残してくれた遺産を次の世代に紡いでいくため約束を果たすため、そして踊り舞いたいというに願いによって…

 

 

先生は仰います。

「どうしても奄美でやりたいの!」

「奄美大島からなのよ。奄美は日本の臍だから。」

「そして、奄美の臍は加計呂麻で加計呂麻島の臍は、請百合の咲く請島なのね~。」

 

 

そんなふうに先生は語り、どうしても奄美から発信したかったのだということを分かち合って下さいました。

開いて結んで、結んで開く…

すべてを結んでいく!それは鶴先生の天命であるのかも知れません。

先生は、日本列島を思い描き、すべての山々に宿る神々を呼び寄せる一心で、鶴寿賀が「媼」演じると伝え、昇る太陽とつながりながら開いて結んで、開いて結んで…

戦いのない世界、争いのない世界を思い描きながら踊ったのだそうです。

 

 南風にのっておどりおどる…

つづく

 

おめでとうございます!

12月10日、今日は花柳鶴寿賀先生のお誕生日です。先生、お誕生日おめでとうございます。

8日に行われた “南風(はえ)にのせておどりおどる” と題した舞台公演は、ご来場者の皆様より盛大なる歓声と拍手喝采を頂きまして、無事終了いたしました。

日本舞踊とアマミ舞、先生がこれまで人生を通して培われた踊りの世界を、日本の雛形であり先生の故郷である奄美の地でご披露することができ、長年の夢を遂に実現されて、今まさに喜び勇んでいらっしゃることと存じます。

今回の舞台では、2006年以来、美内すずえさんの大作「ガラスの仮面」の劇中劇である”紅天女”の別バージョンとして完成した「媼〜おうな〜」を踊られ、又とない舞台となりました。

舞台の大成功、そしてお誕生日、本当におめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。これから益々、多くの方が愛に満ち溢れた鶴先生のお人柄に触れ、先生の独創的な踊りや祈りの舞に触れて、悦びや幸せがこの地球上に拡がっていきますようにと願っています。

鶴先生と親しみを込めて、多くの人の代表として

アマミ富士

 

 

” 南風(はえ)にのせておどりおどる”舞台公演のお知らせ

一年を締め括り新たな年を迎える今この時、兼ねてから計画していた踊りの会を開くことになりました。昨年は”祈りの会”を、今年は日本舞踊とアマミ舞という、これまで私が長きに渡り取り組んで参りました踊りの世界をご披露させていただこうと”南風(はえ)にのせておどりおどる”と題して踊りの会を奄美の地で開催する運びと相成りました。

令和という新たな時代を迎え、天皇皇后両陛下「即位の礼」や祝賀パレードも無事執り行われ、ここからが本当の始まりです。何か新しいことがしたいと思い立ち、多くの方のご協力を受け賜りまして遂にここまで来ることが出来ました。本番まで後2日…胸の高まりをおさえつつ、この緊張感を味わいながら、皆様にお知らせしたく存じます。

国内外で活躍される舞踊家の皆様を東京からお招きしての公演です。漫画家美内すずえさんの最高傑作である「ガラスの仮面」の劇中劇、 “紅天女”の別バージョンとして完成した「媼~おうな~」の創作舞踊、そして粋な新内流しもございます。「媼」は、2006年以来久しぶりの上演となり、私自身大変楽しみにしているところです。どうぞ皆様、お楽しみになさって下さい。

只今、お席に若干の余裕がございます。ご興味のある方、お問い合わせ下さいませ。

皆様のご来場、心よりお待ち申し上げまております。

花柳 鶴寿賀

 

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出雲大社御奉納 最終回

 

さて、この度は出雲に行きたい、出雲で舞いたい、出雲で会いましょう!とただその純粋な想いを胸に集まった私たち…どんな御奉納になるのか全く想像がつかぬまま、しかし気がつくと、やはり魂の目的を果たすべく約束の地を訪れたのだろうという気持ちになりました!そんな中、鶴先生、大江さんと親交の深い雲龍さんの存在がこざいました。何と雲龍さんは、この出雲大社で御神官を目指しその資格もお持ちであったという事実を伺い、尚のこと、雲龍さんと出雲をご一緒させて頂けたことに、この上ない感謝の気持ちが湧いてきます。そのような訳で、今回は他では体験出来ない、特別な緊張感を味わいつつも無事御奉納は執り行われました。

しかし、今振り返ってみても、このような御奉納があっても良いものかと思ってしまうくらい、満ち足りた気持ちが今もありますのは何故でしょうか!まさか、まさかの出雲大社御本殿で童謡やわらべうたを歌って踊るなどど、誰が想像したことでしょう。鶴先生始め、アマミ舞のメンバーは、年齢層が幅広く、童謡やわらべうたを聴いて育ったという先輩の方々もいれば、知っているけど懐かし過ぎるという年代の人たち、あまり知らないという若者までいます。ところが、先生のご指導の下、皆が一緒になって歌い踊りながら、私達日本人の原点に立ち還るという思いもよらない体験をしていくのでした。私たちは、生涯あの感動を忘れることはないでしょう。あの歌を歌うために、そして令和という新たな時代を迎えたところで、私たちの心の故郷である出雲に再び向かわなければならなかったのかも知れません。

 

 

御奉納が終わり、御拝殿から出るとそこには、滅多にお目にかかることの出来ない国造様が目の前においでになられました。先生は、ご挨拶することを許され、国造様もお言葉をかけて下さっていましたが、これも神々からのお導きなのでしょうか。これこそ、天の恩恵としか言いようのない有難き幸せに触れる瞬間でした。

雲龍さん、今回の御奉納では大変お世話になりまして、誠にありがとうございました。何より、雲龍さんの笛の音が鳴り響くその空間に身を寄せることが出来たこと、素晴らしい数々の経験をさせて頂けたことに心より感謝申し上げます。また、写真撮影他、現地では多大なるのご支援ご協力を賜りました須田 郡司さん、凉殿祭の御神事をご一緒させて頂き、又御奉納の際も祈り合わせ下さった中山 恵美賀さん、本当にありがとうございました。

 

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最後に、雲龍さんより、御奉納後アマミ舞宛に頂戴したお手紙をここに記したいと存じます。

 

〜以下、雲龍さんからのメッセージ〜

皆様のアマミ舞は、

とても素晴らしい気を発してられて、出雲大社の拝殿を忘れるぐらいに、おはじきが金平糖のようにはじける感じがして、笑顔の童子の笑い声をいっぱい感じられました。

宮司様が古伝新嘗祭で百番の舞をされている同じ場だということも一瞬忘れて、私が、三十年もの間に感じられた出雲大社での環境が、一気に変わり楽しい空間となりました。

大神様も大喜びされて、

高い御神殿から降りて来られたご神氣を拝受しました。

鶴先生、舞人の皆様に、どうぞ宜しくお伝えください。

 

雲龍拝

 

 

 

 

そして、ちょうど一連の締めのタイミングで、更にグッドニュースが!今朝の奄美新聞に、凉殿祭にて、大江さんのご尽力によって作られた奄美産の真菰が御奉納されましたこと、花柳 鶴寿賀率いるアマミ舞の御奉納舞がなされましまこと、この様に大きく取り上げて頂いきました。奄美の神々や大地も人々もお歓びのことでしょう。ここに重ねてご報告申し上げます。

 

 

 

 

出雲大社御奉納の投稿はこれで終了です!その1から最後までお読み下りありがとうございました。大切な出雲でのお話に、多くの皆様よりご関心をお寄せ頂きまして、大変嬉しく心より感謝申し上げます。

また、是非ともアマミ舞ブログにお立ち寄り下さいませ。

アマミ 富士

出雲御奉納 その4

 

還ろう 光満ちる あのふるさとへ ~

もともと わたしたちは

これほどの光に 包まれていて

こここそが たましいの ふるさと

ならば ただ 童謡を歌っていた

幼な子の あの頃のように

スキップしながら おうちへ帰ろう

あの ふるさとへ 帰ろう

そうして この度の出雲大社様への

御奉納へのお稽古が はじまりました

🐰

 

 

御奉納 という言葉さえ

この純粋さに 相応しくないほどの

まるで 光 のような

あるいは 愛のような

目に見えぬ 暖かくやわらかきもの

然し乍ら その柔らかきエッセンスを

正確に形にするために

鶴寿賀先生という

生まれながらの舞姫様は

ただ一点に澄みきり

定まったプロフェッショナルな視点で

まるで コンパスが

その一点を礎に 正確な円を描きながら

やがて 神聖な幾何学を形作るように

あるいは 水晶が

氣の遠くなるほどの時を経て

透明な 結晶となるように

神のような舞の設計図を

心にズンと持たれ

常に柔らかな あの笑顔で

ピシャリ 凛と ご指導される

誤魔化しは 一切 見逃されないのだ

目線の先には 常に完璧なる神聖幾何学

しかも その神聖幾何学は

ふわふわと暖かく懐かしい

そんな摩訶不思議な世界を

今 正確に お伝えできているだろうか

ただ きっと 人 という生き物の

目指すところが 多分 そこなのだ

正確に刻む鼓動

休むことなく日夜生産される細胞

それを包むは 柔らかな笑顔

だから きっと 人 が

先生が今まで出会われてきた 暖かな人が

この作品の中に 生きている

だから それは 生き物で

この「わたしの歌」という作品の中

あまたの幼な子が

ずいずいずっころばしや

七つの子や 通りゃんせを歌いながら

今も あの出雲大社のお社のあちこちで

歌って 踊って ウフフ 笑いながら

愛は 光は 柔らかく

どんどん 増殖していることだろう

🐰

 

 

さて 本番一時間半前のリハーサルで

出雲大社拝殿の 舞台の正面が違います

御正客様は お客様席ではなく

御本殿にいらっしゃる大神さまです と

出雲大社の御神官のお資格も持たれる

笛の雲龍さんから お伝えいただきました

わたしは ただでさえ

自分の舞の振りが覚束なく

此の期に及んで

また振りが変わってしまうなんて と

まさに天地がひっくり返りそうでした

でも 先生は迷うことなく すぐさま

前と後ろが入れ替わった

ポジショニングを考えられ

着替えを入れて一時間半前という

ありえない時間の中で

それでも 怒られるわけでもなく

感情を乱されるわけでなく 平常心

思えば 全責任を負われる先生が

一番お大変でいらっしゃったのに…

そして そこからまさに リアルに

かごめかごめの わらべ歌の謎の世界が

突如 始まったわけですが

鶴と亀が統べって

後ろの正面だあれ の世界が

本当に 間際に 後ろが正面になり

アリスのウサギ穴のような摩訶不思議が

神世の世界が 今の瞬間と

メビウスの輪のように

裏と表の のりしろを繋ぐ魔法が

過去と未来が 時空を超え

あの時 大神さまの目の前で

確かに溶け合い 揺らぎ 統べりました

🐰

 

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舞というのは もっと爽やかなものなのよ

そう教えていただきました

雲龍さんが 笛の音で 御神殿の中の

空を浄め 道先をお示しくださる中

先生が 大神さまの前で 舞われる時

過去のしがらみの重さや

現実をまとわりつく不鮮明な空気を

真菰という神草を手に 空を切り

まるで 大海原に漕ぎ出でる

一艘の葦舟のように

爽やかに 爽やかに 水面を進み

そして その後に 今という現実を

確かに 時を後ろに従えていらっしゃいました

そして打ち上げの後

舞の時に使われた この真菰草を

一本残らずわたしたちに

分けてくださいました

先生ご自身には 一本の思い出も残さずに…

先生 舞人の皆さまがた

この度も どうもありがとうございました

 

撮影は、須田 郡司さん(写真家)よりご提供頂きました。

郡司さん、この度は大変お世話になり誠にありがとうございました。

 

小川 真愛 拝